この記事はここがポイント
- 最高裁判決は2026年6月16日、105億円を運用した富裕層の事案であり、NISA制度自体は対象外。
- 外貨で別の資産を取得した時点で為替差益が確定し、雑所得として課税されるという法解釈。外貨で別の資産を取得した時点で、円に戻していなくても為替差益が実現・確定するというのが最高裁の判断
- NISAの非課税対象は配当と譲渡益のみであり、為替差益はもともと「雑所得」に分類。
- これは「新ルール」ではなく、約48年前から存在する「権利確定主義」の考え方に基づいている
- NISAの非課税対象は配当と譲渡益であり、為替差益は別枠(雑所得)として扱われる
- 判決では、現行税制に対して裁判官3名から異例の「苦言(補足意見)」が呈された
「NISAに課税されるかもしれない」――最近、インターネット上でそんな不穏な噂を目にした人も多いのではないでしょうか。非課税制度であるはずのNISAに税金がかかるとは、一体どういうことなのか。その発端となったのは、2026年6月16日に下された「為替差益への課税」をめぐる最高裁判決です。この判決により、外貨建て投資における「利益が確定するタイミング」について、司法の最終判断が示されました。一体なぜ、外貨で取引をしただけで課税の問題が生じるのでしょうか。この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏が、最高裁判決の論理と税制の仕組みを読み解き、プロの視点でわかりやすく解説します。
そもそも何が争われたのか?105億円スイス運用の事案
インターネット上で「NISAに課税される」という話題が広まったきっかけは、令和8年(2026年)6月16日に最高裁判所第三小法廷で下された一つの判決(令和5年(行ヒ)第366号)です。
泉田氏の分析に入る前に、大前提として知っておくべき重要な事実があります。それは、この最高裁判決の当事者はNISAを利用している一般の個人投資家ではなく、「105億円をスイスの金融機関で運用した富裕層個人」であるということです。したがって、判決自体が直接NISA制度の変更を命じたわけではありません。
事案の概要は以下の通りです。2014年、日本の居住者である個人がスイスの金融機関に自己名義で105億円を送金し、運用を一任しました。そして2014年から2015年にかけて、その外国通貨を使って、他の種類の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行いました。
このスケールの大きな事案について、泉田氏は次のように表現します。
「105億円をスイスに送ったと、それだけでも一つの小説になりそうな舞台設定ではありますけども」
問題が起きたのは2018年のことです。渋谷税務署長が、この一連の取引において「為替差損益に係る雑所得が生じている」として、課税処分(更正処分および過少申告加算税の賦課決定)を行いました。これに対し、個人側は「まだ利益は確定していない」として処分を不服とし、最高裁まで争うことになったのです。
では、具体的に何が法廷で争われたのでしょうか。泉田氏は、この事件の核心を次のように指摘します。
「今回のポイントはですね、外貨を今回スイスに送ったじゃないですか。スイスに送った中でいろんな資産に投資をしたっていう話になっているんだけども、今回のポイントはですね、資産を買った時点で外貨に関しての儲けが確定したっていうところがポイントなんですよ」
つまり、最大の争点は「外貨で別の種類の外貨や有価証券を取得した場合、為替差益はいつ実現・確定するのか」というタイミングの問題だったのです。
納税者と国、真っ向から対立したそれぞれの言い分
この「儲けが確定するタイミング」について、納税者(個人)と国(課税当局)の主張は真っ向から対立しました。
争点の対立構造:為替差益はいつ確定するのか
納税者側の主張:「円に戻すまで未確定」
納税者側の主張は、多くの個人投資家の感覚に近いものでした。外貨で他の外貨や有価証券を取得したとしても、その資産を最終的に円に戻すまでは為替変動のリスクが存在し続けます。したがって、まだ利益は「未確定・未実現」であり、この段階での課税は許されないという言い分です。
一般的に、投資家は「円で投資して、円で戻ってきて初めて利益が確定した」と考えがちです。投資をした時点で儲けが確定することなどあるのか――インタビュワーからそうした疑問が投げかけられると、泉田氏も投資家の心情に理解を示します。
「普通の一般的な感覚からすると、円として戻ってきたら利益を確定したっていう感覚にはなると思うんだけど」
国側の主張:「取得した時点で確定」
一方、国側の主張は全く異なるロジックに基づいていました。外貨を使って別の資産(他の外貨や有価証券)を取得した時点で、その外貨の「経済的価値が固定化される」という考え方です。
泉田氏はこの難しい概念を、具体的な仮設例を用いてわかりやすく解説します。(※以下の数値はあくまで説明のための例えであり、実際の判決の事実ではありません)
「スイスに送った時の為替レートが1ドル100円だったとしましょう。しばらく寝かしてたんだけども、向こうの運用会社がいい投資案件あったから投資しますよと決めたタイミングで1ドル150円だったとしましょう。新しい資産に投資をするわけなので、ここで今回、国税はこの為替差益が確定しましたよねって言ってるんですよ」
つまり、1ドル100円の時に用意した資金を使って、1ドル150円の時に別の資産を買った場合、その差額である50円分は、資産を買った瞬間に「為替差益」として実現したとみなす、というのが国の主張です。
最高裁はどう判断したのか?「権利確定主義」の論理
最高裁まで持ち込まれたこの争いに対して、裁判所はどのような決断を下したのでしょうか。
最高裁判決の主文(本件上告を棄却する)
結論から言えば、最高裁は「本件上告を棄却する」、つまり国側の主張を認め、課税は適法であると判断しました。
その根拠となったのが、所得税法36条1項に基づく「権利確定主義」という考え方です。所得税法では、実際に現金を受け取っていなくても、収入の原因となる権利が確定した時点で「所得が実現した」とみなす建前を採用しています。また、同法57条の3第1項により、外貨建て取引は取引時の為替相場で円換算することが定められています。
最高裁は、ある外国通貨で他の種類の外国通貨や同一外貨建て有価証券を取得した場合、変動していたその外国通貨の経済的価値が、取得した資産の経済的価値をもって「固定化」されると判示しました。
泉田氏はこの判決の論理を、投資家の視点から次のように要約します。
「投資した有価証券とかが儲かるか儲からないかっていうのはもう全然関係のない話で、他の有価証券を買ったっていう時点で、買う前と買った後で為替が違えば、そこの分で雑所得が出てればそれはもう課税対象だよということなんですね」
つまり、新しく買った株や債券がその後値上がりするか値下がりするかは関係なく、「買う」というアクションを起こした瞬間に、それまで抱えていた為替の損益がいったん清算され、利益が出ていれば雑所得として課税されるということです。
「イズミダイズム」はモニクルグループが運営する金融・経済YouTubeチャンネルです。フィデリティ投信や日本生命出身の元機関投資家の泉田良輔が、プロの視点から経済ニュースの裏側や資産形成のトピックを論理的に解説します。
株式会社モニクルリサーチ代表取締役。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。元機関投資家。フィデリティ投信や日本生命で日本株式や米国株式の証券アナリストやファンドマネージャーとして勤務。東京科学大学大学院非常勤講師。
