この記事はここがポイント
- ROEが株主資本コストを上回ればPBR1倍超、下回れば1倍割れとなり、8%が株主の最低リターン。
- 東証は2023年3月、PBR1倍割れ企業に対し資本コストや株価を意識した経営を要請。
- ROEは自社株買い等でも向上可能だが、本業の利益率・資産効率を高めた質的向上が市場評価対象。
「なぜROEは8%が目安と言われるのか」「東証はなぜPBR1倍割れをそんなに問題にするのか」——ROEをめぐる議論には、必ず「株主資本コスト」という言葉が顔を出します。ここを押さえると、ROEの目安も、いま進む東証改革も、一本の線でつながって見えてきます。ROEの基本は「ROEとは?自己資本利益率の意味・計算式・目安からROA・ROICとの違い・デュポン分解まで」で解説していますので、本記事では「株主資本コストとROEの関係」、そして「ROE経営」の中身を、順にみていきましょう。
株主資本コストとは——株主が求める「最低ライン」
株主資本コストとは、株主が「これだけは稼いでほしい」と期待する最低限のリターンのことです。会社にとっては、株主から預かったお金の「コスト(調達費用)」にあたります。借入にも金利というコストがあるように、株主のお金にも、目に見えないコストがあるわけです。
では、その水準はどのくらいか。理論上は、安全資産の利回りに、株式のリスクに応じた上乗せ(リスクプレミアム)を加えて求めます。細かな計算はさておき、日本株ではおおむね8%前後とされることが多い、と覚えておけば十分です。ここが、次に見るROEの「壁」の正体になります。
ROEと株主資本コストの関係——PBR1倍の分岐点
さて、ここが肝心です。ROEを株主資本コストと比べると、その会社が価値を生めているかがわかります。
ROEが株主資本コストを上回っていれば、その会社は株主の期待を超えるリターンを生んでいる、ということになります。逆に、ROEが株主資本コストを下回れば、期待に届かず、価値を生めていない状態です。そして、この関係は株価にそのまま表れます。ROEが資本コストを超える会社は、理屈のうえでPBR(株価純資産倍率)が1倍を超え、下回る会社はPBRが1倍を割りやすい。ROEが「8%」を一つの合格ラインとされるのは、それが株主資本コストの目安と重なるからにほかなりません。目安の考え方は「ROEの目安は何%?業種別平均と『8%の壁』」でも解説しています。
なぜPBRとつながるのか。それは「PBR=PER×ROE」という関係があるからです。稼ぐ力(ROE)が高いほど、市場の評価(PBR)も高くなりやすい。この式の詳しい意味は「PBR=PER×ROEとは?3つの指標の関係と使い方」をご覧ください。
東証改革——「資本コストや株価を意識した経営」の要請
この「ROEが資本コストを超えているか」を、企業に強く問うたのが、東京証券取引所の改革です。東証は2023年3月、プライム市場とスタンダード市場の全上場会社に対し、「資本コストや株価を意識した経営」の実現に向けた対応を要請しました。売上や利益だけでなく、バランスシートをふまえた資本コストと資本収益性を意識してほしい——そういうメッセージです。
背景にあったのが、PBR1倍割れ企業の多さです。PBRが1倍を割るということは、市場から「解散価値にも届かない」と見られているに等しく、資本を効率的に使えていない証拠とされました。この要請以降、状況は少しずつ改善しています。ただ、東証の集計によれば、プライム市場でもROEが8%に満たない企業がなお4割程度あり、PBR1倍割れも根強く残っています。改革は道半ば、というのが実情です。
ROE経営の広がりと、その落とし穴
こうした流れを受けて、ROEを経営目標に掲げる「ROE経営」が広がりました。多くの企業が中期経営計画にROE目標を掲げ、達成に向けて動いています。
ただ、ここに落とし穴があります。ROEは、自社株買いや増配で自己資本を圧縮すれば、手っ取り早く引き上げられます。財務のてこ(レバレッジ)を効かせるだけでも、数字は上がる。しかし、稼ぐ力が伴わないままレバレッジで上げたROEは、財務リスクを抱えた見せかけになりがちです。株式市場が本当に評価するのは、本業の利益率や資産効率を高めて達成した、質の高いROE向上です。ROEを高める道筋は「ROEを高める方法とは?デュポン分解でわかる3つの道と落とし穴」で解説しています。なお、事業の視点で「資本コストを超えているか」を測るなら、ROICとWACCを比べる見方も有効です。「ROEとROA・ROICの違いとは?『誰の視点で見るか』で使い分ける」もあわせてご覧ください。
元機関投資家イズミダの視点:ROEは「資本コストを超えているか」で読む
私がアナリストとして企業を見るとき、ROEの数字そのものより、それが「株主資本コストを超えているか」を、いつも物差しにしてきました。ROE8%は、単なる語呂のよい目安ではありません。株主が期待する最低ラインを、かろうじて超えるかどうかの分岐点です。ここを下回り続ける会社は、たとえ黒字でも、株主にとっては価値を生めていないことになります。
東証改革でROE経営が広がったのは歓迎すべきことですが、大切なのは、そのROE向上が本業の実力によるものか、自社株買いという財務テクニックによるものかを見分けること。稼ぐ力が資本コストを超えて伸びていく会社こそ、長期の投資家が本当に評価すべき対象だと、私は考えています。もっとも、適正な資本コストは会社や時期で変わりますので、一つの数字だけで結論を急がないことが肝心です。
株式会社モニクルリサーチ代表取締役。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。元機関投資家。フィデリティ投信や日本生命で日本株式や米国株式の証券アナリストやファンドマネージャーとして勤務。東京科学大学大学院非常勤講師。
