なぜドル円は162円まで進んだのか?元機関投資家が読み解く「歴史的円安」の構造
出所:イズミダイズム
監修者泉田良輔LIMO&ファイナンス編集部 編集長
20:52
なぜドル円は162円まで進んだのか?元機関投資家が読み解く「歴史的円安」の構造
出所:イズミダイズム

この記事はここがポイント

  • 実効為替レートで見ると、現在の円の価値は「1ドル360円時代」に匹敵する歴史的低水準にある
  • 過去最大の11.7兆円の為替介入も、ドルの1日の全取引量(約213兆円)のわずか5.5%に過ぎない
  • ドル建てサブスクやNISAを通じた海外投資など、日本人の日常的な行動が構造的な円安要因となっている

1ドル162円台という、1980年代以来39年半ぶりとなる歴史的な円安水準を記録した外国為替市場。多くの日本人が輸入品の価格高騰や海外旅行の割高感に直面しています。

その一方で、政府・日銀は過去最大規模となる11.7兆円の為替介入を実施したにもかかわらず、円安の大きな流れを止めるには至っていません。

一体なぜ、これほどまでに円が売られ続け、巨額の介入すら一時的な効果しか持たないのでしょうか。

この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏が、市場メカニズムの視点から為替の動きとマクロ経済の構造を読み解きます。

実効為替レートが示す「1ドル360円時代」の衝撃

外国為替市場で1ドル162円台をつけるなど、円安が急速に進行しています。これは1980年代以来、実に39年半ぶりの水準です。

しかし、私たちが海外旅行に行ったり、輸入品を買ったりする際に感じる「円の弱さ」は、162円という数字以上に深刻なものがあります。

インタビュワーから「海外に行くと、為替レート以上に物価が高く感じる」という疑問が投げかけられると、泉田氏はこの体感的な割高感を説明するために「実効為替レート」という指標の重要性を指摘します。

実効為替レートとは、特定の2国間の為替レート(例えばドルと円)だけでなく、貿易相手国との取引量や物価の変動(インフレ率)などを総合的に加味して、その通貨の「本当の購買力」を算出した指標です。

泉田氏は、現在の日本円の購買力が歴史的に見ていかに低下しているかを次のように解説します。

「日本円の実効為替レートのグラフを見ると、指数で言うとだいたい60なんですよ。これいつと同じかっていうと、固定相場制なんで1ドル360円時代な状況なわけですよ」

つまり、名目上の為替レートは1ドル160円台であっても、他国の物価上昇などを考慮した実質的な円の価値は、1970年代以前の「1ドル360円時代」に匹敵する歴史的な低水準まで落ち込んでいるということです。

実効ベースで1ドル360円相当の価値まで円が減価していると考えれば、海外でラーメン1杯を食べるのに3,000円近くかかるという現状も、決して大げさな話ではないことがわかります。

日米の物価上昇格差と為替の調整メカニズム

日米の物価上昇格差と為替の調整メカニズム
出所:泉田氏の解説を基にイズミダイズム作成1/3
日米の物価上昇格差と為替の調整メカニズム

円安の根底にある「日米インフレ格差」の調整

では、なぜ実効為替レートがここまで低下してしまったのでしょうか。その背景には、日本と海外(特にアメリカ)との間に生じた「インフレ格差」があります。

日本は長らくデフレ経済が続き、モノの値段が上がらない時代を経験してきました。日本銀行が大規模な金融緩和を行っても、物価はなかなか上昇しませんでした。日本が本格的なインフレに転換したのは、ロシアによるウクライナ侵攻などを契機とした2022年以降のことです。

一方で、アメリカをはじめとする海外諸国では、その間も安定的にモノの値段が上がり続けていました。泉田氏は、この長年にわたる物価上昇のギャップが為替市場に与える影響について、次のように指摘します。

「時間の経過によって物の値段の価値が変わってるんで、その調整っていうのは必要なんですよね」

つまり、為替レートというのは、異なる通貨間の「購買力のバランス」を取るための機能を持っています。

海外の物価が上がり、日本の物価が上がらない状態が続けば、同じ1ドルで買えるモノの量に差が生じます。この差を埋めるために、円の価値が下がる(=円安になる)という調整が働いているのです。

1995年前後には1ドル80円台という円高のピークがありましたが、そこから現在に至るまで、円の購買力は大きく巻き戻されています。

私たちが直面している円安は、単なる一時的なマネーゲームの結果ではなく、長年のマクロ経済の格差が表出した構造的な現象だと言えます。

過去最大11.7兆円の為替介入が「効かない」理由

急激な円安の進行に対し、政府・日本銀行は手をこまねいていたわけではありません。実際に、過去最大規模となる11.7兆円もの為替介入(円買い・ドル売り)を実施しました。介入直後には一時156円台まで円高に振れる場面もありましたが、時間の経過とともに再び160円台、そして162円台へと戻ってしまいました。

インタビュワーが「介入してもすぐに戻ってしまうのはなぜか」と尋ねると、泉田氏は為替市場における「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)」の強さを強調します。

「いつも言っているように、これは『ファンダメンタルズに抗う介入』です。一時的に介入したとしても、結局はまたファンダメンタルズに沿った動きに戻っていくものなんですよね」

金利差や経済成長率といったファンダメンタルズが「円安方向」を向いている以上、力技で為替を動かそうとしても効果は限定的だということです。

さらに泉田氏は、為替市場の圧倒的な規模感について言及します。

「11.7兆円自体は別にちっちゃな金額ではないけれども、全体に占める比率からするとわずかなものということで、あまりインパクトがなかった」

実は、世界の外国為替市場におけるドルの1日の全取引量は約213兆円にものぼります。過去最大の11.7兆円という介入額であっても、全ドル取引量に対してはわずか5.5%に過ぎません。巨大な海にバケツで水を注ぐようなものであり、市場全体のトレンドを反転させるには力不足なのです。

泉田氏は、口先だけで牽制する「口先介入」と、実際にドルを売って円を買う「為替介入」を区別したうえで、今回の実弾を伴う介入は「これ以上の過度な円安は望まない」という政府の意思を行動で示す「アナウンスメント効果(意思表示)」としての意味合いが強いと分析しています。

為替介入額と全ドル取引量の規模比較

為替介入額と全ドル取引量の規模比較
出所:国際決済銀行(BIS)調査等を基にイズミダイズム作成2/3
為替介入額と全ドル取引量の規模比較

構造的な「円売り」を生む3つの要因

ファンダメンタルズが円安に向かっている背景には、日本から海外へと資金が流出する構造的な要因が存在します。泉田氏は、その主な要因として以下の3つを挙げます。

《要因1》日常生活に潜む「デジタル赤字」

私たちが日常的に利用しているサービスの多くは、海外企業によって提供されています。AIツールの「Claude」をはじめ、「Netflix」や「Amazonプライム」などのサブスクリプションサービスは、その代表例です。

「日本円で払ってるかもしれないけど、それは本国にドルに変えて送られる可能性もある。(中略)基本的に円を売ってドルを買う行為になってしまう」

私たちが円で支払った料金は、最終的にドルに換金されて海外企業へと流れます。2025年の日本のサービス収支における「デジタル関連赤字」は約6.6兆円に達しています。日本人の日常的な消費行動そのものが、無意識のうちに円売り・ドル買いの要因となっているのです。

《要因2》NISAを通じた対外証券投資の拡大

資産運用の普及も、皮肉なことに円安要因の一つとなっています。2025年末時点で約2,800万口座に達したNISA(少額投資非課税制度)を通じて、多くの日本人が「全世界株式(オルカン)」や「S&P500」といった海外のインデックスファンドに投資しています。

これらの投資信託を購入するということは、日本の投資家の資金で海外の株式(ドル建て資産など)を買うことを意味します。毎月の積立投資が積み重なることで、巨額の円が売られ、外貨が買われるという継続的な資金流出が起きています。

《要因3》対内投資の弱さと「戦略17分野」の狙い

対外的な資金流出(円売り)が多い一方で、海外から日本への投資(円買い)が弱いことも問題です。日本企業や日本市場に魅力がなければ、外国人は円を買ってくれません。

この課題に対処するため、高市政権が打ち出した「戦略17分野」などの産業政策には、対内投資を呼び込む狙いがあるといいます。

「日本の技術があるとか何らかしらの強みがあるっていうので、こういう産業が注目されますよっていう話をすれば、海外から資金が入ってくるときには円高効果出る可能性がある」

国として強い産業を育成し、海外マネーを惹きつけることが、中長期的な為替の安定には不可欠だということです。

構造的な円売り要因のサイクル

構造的な円売り要因のサイクル
出所:財務省「国際収支状況」等を基にイズミダイズム作成3/3
構造的な円売り要因のサイクル

円高反転のシナリオと投資家が取るべき行動

では、この円安トレンドが反転し、円高に向かうシナリオはあるのでしょうか。泉田氏は、日本がコントロールできる要因と、コントロールできない外部要因の両面から分析します。

まず日本の要因としては、日本銀行の追加利上げが挙げられます。日米の金利差が縮小すれば円高圧力となりますが、近年はその効果が薄れてきているとの指摘もあります。

より影響が大きいのはアメリカの動向です。アメリカのインフレが収束し、景気減速によって利下げが行われれば、金利差が縮小して円高に向かう可能性があります。また、日本はエネルギーの多くを輸入に頼っているため、原油価格の下落も円高要因となります。したがって、為替の動向を占う上では、アメリカの経済統計や原油価格の推移を注視することが重要です。

このようなマクロ環境の中で、私たちはどのように資産を守ればよいのでしょうか。

泉田氏は、発想の転換が必要だと語ります。

「日本円だけ持っててもなかなかハッピーなこと起きないので、ある程度飲み込んで通貨分散していかないといけない時代になってしまった」

デフレ時代であれば、物価が下がるため現金をそのまま持っているのが「最強の運用」でした。しかし、インフレ時代に突入した現在、現金(円)だけを持っていると実質的な価値は目減りしてしまいます。為替変動による生活防衛の観点からも、ドル建て資産などを保有する「通貨分散」が避けられない時代になっています。

ただし、投資には常にリスクが伴います。仮にアメリカの景気が悪化した場合、保有している海外株式の価格が下落するだけでなく、同時に円高が進行することで為替差損も発生する「ダブルパンチ」に見舞われるリスクがあることも、泉田氏は警告しています。

歴史的な円安水準にある今、表面的な為替レートの数字に一喜一憂するのではなく、その裏にあるマクロ経済の構造を理解することが、適切な資産形成の第一歩となるでしょう。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資商品の売買や為替取引を推奨するものではありません。投資に関する最終的な決定は、読者ご自身の判断と責任において行ってください。

 参考資料

※リンクは記事作成時点のものです。

Google で優先するソースとして追加
イズミダイズム
泉田良輔LIMO&ファイナンス編集部 編集長

関連タグ