信越化学、決算後に8%安の6146円——今期は増益計画なのに売られた理由と、予想PER21倍の評価
Cineberg/Shutterstock.com
執筆者泉田良輔LIMO&ファイナンス編集部 編集長
12:48
信越化学、決算後に8%安の6146円——今期は増益計画なのに売られた理由と、予想PER21倍の評価
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この記事はここがポイント

  • 信越化学株価、増益計画発表後8.3%急落。市場の期待値との差
  • 2027年3月期純利益5,250億円、増配も過去最高益には及ばぬ回復途上
  • 予想PER21.5倍は割安水準でなく、塩ビ・半導体市況の本格回復が焦点

信越化学工業(4063)の株価が、決算発表を境に急落しました。7月27日の終値は6,146円、前日比8.3%安と大きく下げ、6月上旬につけた年初来高値(約7,900円台)からは2割ほど水準を切り下げています。きっかけは7月24日に開示された2027年3月期第1四半期決算と通期計画でした。第1四半期は増収増益、通期も会社は2ケタの増益を計画しているにもかかわらず、株価は売られたのです。好業績でも株価が下がる——この一見ちぐはぐな値動きを、業績・株価・バリュエーションの関係から読み解きます。

第1四半期は増収増益、通期は2ケタ増益の会社計画

7月24日に開示された2027年3月期第1四半期(4〜6月)は、売上高が前年同期比5.4%増の6,624億円、営業利益が同4.2%増の1,738億円、純利益が同3.5%増の1,308億円でした。これは通期の会社計画(純利益5,250億円)に対して進捗率が約25%と、ちょうど四半期どおりのペースです。

通期の会社計画そのものも、決して弱くはありません。売上高2兆7,000億円(前期比4.9%増)、営業利益7,000億円(同10.2%増)、純利益5,250億円(同10.7%増)と、2ケタの営業増益・最終増益を見込んでいます。年間配当も前期の106円から116円へ10円の増配を計画しています。つまり数字の上では「増収増益・増配」という、悪くない決算でした。

ただし、ここで冷静に押さえておきたいのは、この計画が「過去最高益」ではないという点です。信越化学の純利益は、塩化ビニル(塩ビ)市況が世界的に高騰した2023年3月期に7,082億円のピークをつけたあと、2024年3月期以降は減益局面が続き、前2026年3月期は純利益4,745億円(前期比11.2%減)と3年ぶりの水準まで低下していました。今期の計画は、その落ち込みからの「回復」を示すものであって、最盛期にはなお届きません。

なぜ増益計画でも株価は決算後に急落したのか

では、増収増益の決算でなぜ株が売られたのか。答えは、株価がすでに「それ以上」を織り込んでいたからです。市場にはアナリストの業績予想を平均した「コンセンサス」という見えない基準があり、株価はしばしば会社計画ではなくこのコンセンサスと比べて動きます。今回、信越化学が示した通期計画は、市場が期待していた水準に届かなかったと受け止められました。会社の計画は増益でも、投資家の期待に対しては「物足りない」と映ったわけです。

背景には、決算前までの株価の急騰があります。信越化学の株価は、AI(人工知能)向け半導体の需要拡大や、半導体シリコンウエハの需給引き締まり期待を追い風に、今年に入って1月の安値(約4,800円台)から6月には約7,900円台まで、半年で4割近く上昇していました。期待が先に膨らんで株価が駆け上がっていたぶん、決算で「期待ほどではない」と分かった瞬間に、その上乗せ分が一気に剥がれ落ちた——それが8%安の正体です。業績が悪化したのではなく、株価に織り込まれていた期待が現実に答え合わせされた、と理解するのが自然です。

塩ビと半導体シリコン——二本柱ゆえの景気敏感さ

信越化学の稼ぎ頭は、大きく二つあります。ひとつは塩ビ(塩化ビニル樹脂)で、米国子会社シンテックを通じて世界首位のシェアを持ちます。住宅の配管や建材に使われるため、米国の住宅市場や金利動向に業績が左右されます。前期の減益は、この塩ビ市況が高金利下の住宅需要鈍化で軟化したことが大きく効きました。もうひとつが半導体シリコンウエハで、こちらも世界首位。半導体の土台となる基板で、生成AIブームによる先端半導体の増産が中長期の追い風とされますが、足元では半導体全体の在庫調整の影響も受けてきました。

この二本柱は、いずれも世界景気と市況に敏感です。裏を返せば、円安や市況の反転が追い風になれば利益が大きく伸びる一方、住宅不況や半導体の調整局面では利益が削られます。信越化学の業績が数年単位で山と谷を描くのは、この景気敏感な事業構造ゆえです。加えて同社は、前期に約4,900億円という大規模な自社株買いを実施するなど、潤沢なキャッシュフローを背景にした株主還元にも積極的で、財務は自己資本比率約79%と極めて健全です。

予想PER21倍・PBR2.6倍——2割下げても「割安」とは言い切れない

では、6,146円という株価は、実力に対して割高なのか割安なのか。会社予想の1株利益(予想EPS286円)に対する予想PER(株価収益率)は約21.5倍、前期末の1株純資産に対する実績PBR(株価純資産倍率)は約2.6倍です。予想配当利回りは約1.9%、時価総額は約11.4兆円になります。

ここで役立つのが、PBR = ROE × PERという株式の評価式です。信越化学の実績ROE(株主資本利益率)は約10.4%。この水準のROEに対してPBRが2.6倍で評価されているのは、市場が同社の高い競争力と将来の利益回復をある程度織り込んでいるからです。高値から2割下げたとはいえ、予想PER21倍台という評価は、過去の同社が市況の谷で10倍台前半まで売られてきた歴史と比べると、まだ「安値」とは言い切れない水準です。株価が下がった事実だけを見て「割安になった」と早合点せず、今期計画どおりに利益が回復するのか、その前提を確かめる必要があります。見極めるべきは、塩ビ市況の底打ちと、半導体ウエハ需要の本格回復が、会社計画のシナリオどおりに進むかどうかです。

イズミダの視点:好決算でも株価は下がる——需給と期待の「答え合わせ」

私はかつて証券アナリストとして数えきれない決算を見てきましたが、「増収増益なのに株が急落する」という今回のような場面は、実は珍しくありません。むしろ、株式投資の本質を教えてくれる格好の教材です。多くの人は「業績が良ければ株は上がる」と思っています。しかし、株価を動かすのは業績そのものではなく、業績と“事前の期待”との差分です。信越化学の株は決算前まで半年で4割上げていた。その上昇には「これくらいの好決算が出るはずだ」という期待が織り込まれていた。だから、実際の計画がその期待にわずかに届かなかっただけで、上乗せ分が剥がれ落ちた。ファンダメンタルズ(業績の中身)と需給・期待は、必ず分けて考える必要があります。

ここで通説をもう一つひっくり返しておきます。「株価が2割下がった=割安になった」とも限りません。信越化学は塩ビと半導体シリコンという、世界景気に揺れる二枚看板を持つ会社です。こうした景気敏感な優良企業は、市況の山ではPERが低く、谷では高く見えるという、一見あべこべの動きをします。今はちょうど、前期の減益という谷から回復に向かおうとする局面で、株価にはその回復期待が先取りされている。だから予想PER21倍という数字は、決して割安の合図ではありません。私がいつも言うように、株式投資は「なんでも鑑定団」と同じで、大事なのは値決めです。良い会社であることと、良い買い場であることは、まったく別の問題です。信越化学が世界に冠たる優良企業であることに疑いはありません。そのうえで、今の6,146円という値付けが、これから訪れる利益回復に見合っているか——塩ビ市況の底打ちと半導体ウエハ需要の戻りという二つの前提を、会社計画と突き合わせて自分の目で確かめること。そこが、これからの信越化学株を見るうえで一番の注目ポイントです。

免責事項

  • 本記事は一般的な情報提供のみを目的としており、特定の株式の購入や売却について助言や推奨するものではありません。
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