この記事はここがポイント
- 日本製鉄はUSスチール買収で単体売上が連結全体の45%に縮小した事業構造の変革。
- USスチール買収で自己資本比率が37.7%へ低下、外部資金を取り込む財務体質への転換。
- 2026年3月期減益から2027年3月期1Q増益へ転じ、株価が底値から2割超上昇した市場の評価。
鉄鋼と聞いて思い浮かぶのは、国内の巨大な高炉と、内需に支えられた重厚長大な製造業ではないだろうか。私も日本製鉄<5401>を長くそういう会社として見てきた。ただ、直近の連結の数字を並べると、その言い方では説明しきれない部分が確実に増えている。 ※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。
「国内最大の高炉メーカー」では説明しきれない連結の姿
社名が示すのは「日本」の製鉄会社だ。ところが2026年3月期末時点の関係会社の状況を開くと、米国ペンシルベニア州に本拠を置く United States Steel Corporation(以下、USスチール)が並んでいる。
関係は連結子会社で、議決権所有割合は100%、うち間接所有が100%。事業内容は鉄鋼製品の製造販売で、資本金は5,787百万米ドルと記載されている。日本製鉄はこの会社に対して債務保証も実施している。
買収そのものは大きく報じられた。だから「知らなかった」という読者は少ないだろう。見たいのはその先だ。買収が連結の財務と事業の形に何をもたらしたのか。
数字を1つ置く。2026年3月期の連結売上収益(IFRS)は10兆632億円。このうち日本製鉄単体の売上高は4兆5,420億円で、全体の45%にとどまる。
5期前の2022年3月期は、連結6兆8,088億円に対して単体4兆3,659億円。比率は64%だった。単体の売上高はこの5期でほとんど増えていない。増えたのは、単体の外側である。
「日本製鉄」という社名の重心は、連結ベースで見ればすでに半分を下回っている。国内最大の高炉メーカーという言い方は間違っていないが、この会社の全体を説明する言葉としては足りなくなった。
総資産が1期で3兆7,000億円増えた中身を分解する
変質が最もはっきり出るのは貸借対照表だ。総資産は2025年3月期末の10兆9,424億円から、2026年3月期末には14兆6,605億円になった。1期で3兆7,181億円、34.0%の増加である。
内訳を見ると、有形固定資産が3兆6,355億円から5兆8,995億円へ、無形資産が3,348億円から1兆925億円へ増えた。のれんは716億円から2,597億円へと3.6倍になっている。
人も増えた。従業員数は113,845人から138,453人へ、1期で24,608人の増加だ。国内の生産設備を積み増してこの規模の人員が増えることは、まず起きない。
セグメントの構成比だけを見ると、姿は変わっていないように見える。製鉄セグメントの売上収益は9兆1,732億円で全体の91.2%、前期比+17.3%。単一セグメントに寄った会社であることは以前と同じだ。
変わったのは、その「製鉄」の中身の広がり方である。製鉄セグメントの資産は10兆1,151億円から13兆7,700億円へ増えた。総資産の増加分は、ほぼそのまま製鉄の中に入っている。
負債側も動いた。非流動負債は2兆7,035億円から5兆6,633億円へと2倍を超え、支払利息は444億円から1,012億円になった。その結果、自己資本比率は49.2%から37.7%へ11.5ポイント低下している。
鉄鋼は内需型で重厚長大、財務は保守的で自己資本が厚い業種として語られることが多い。実際、鉄鋼業種35社の自己資本比率の中央値は61.3%、D/E比率の中央値は0.145倍だ。
日本製鉄の37.7%は、この中央値から20ポイント以上下にある。同じ業種区分の中にいながら、財務の形はもう平均像ではない。
成長の形も外れている。鉄鋼業種の売上成長率の中央値は▲3.6%で、業界全体としては売上が縮んでいる。その中で日本製鉄は+15.7%の増収だ。
縮む業界の中で伸びる会社。ただしその伸びは、既存の設備をより多く回して得たものではなく、外の会社を連結に取り込んで得たものだった。この2つの見方は対立せず、同時に成り立っている。
投資に2兆8,000億円、調達に1兆8,000億円。資金の向きが変わった
買収の代金はどこから出たのか。キャッシュフローを5期並べると、その答えが一目で見える。
2026年3月期の投資キャッシュフローは▲2兆8,371億円。前期は▲4,624億円だった。桁が1つ違う。
同じ期の財務キャッシュフローは1兆8,863億円の流入だ。過去4期はいずれも流出で、▲613億円、▲1,976億円、▲5,439億円、▲3,133億円と推移してきた。
つまり2026年3月期は、外部から入れた資金で資産を取り込んだ期である。営業キャッシュフローは7,169億円で、前期の9,785億円から減った。
設備投資も膨らんでいる。5,834億円から9,429億円へ。減価償却費は3,852億円から5,739億円になった。買収で持ち込んだ資産が、償却の分母を押し上げている。
本業で稼いだ資金を借入の返済と還元に回す会社から、外部資金を入れて資産を取り込む会社へ。この向きの転換が、たった1期で起きた。
負債をほとんど使わない財務が資本効率の観点で最適とは限らない、という論点はよく語られる。日本製鉄はその逆側へ大きく振れた。レバレッジを効かせた以上、取り込んだ資産が資本コストを超える利益を生むかどうかが、これからの評価軸になる。
通期の大幅減益から1Qの増益へ。会社が語る事業環境
2026年3月期通期は、売上収益が10兆632億円で前期比+15.7%、営業利益は2,429億円で▲55.7%だった。親会社の所有者に帰属する当期利益は171億円で▲95.1%となっている。
営業利益率は2.4%まで下がった。鉄鋼業種の営業利益率の中央値は4.7%、ROE(自己資本利益率)の中央値は4.8%。日本製鉄のROEは0.3%で、いずれも中央値を下回る。増収と大幅減益が同時に起きた期だった。
なぜ利益がここまで落ちたのか。短信では、AI・電力・防衛といった一部分野を除いて国内外で製造業・建設業のベース需要が低迷し、世界の鉄鋼事業環境は危機的な状況が継続しているとしている。中国の経済減速による需給ギャップ拡大で過剰生産が続き、安価な鋼材輸出が国際市況の低迷を招いた。各国・地域が通商措置を発動し、日本国内への輸出圧力がさらに高まっている。
そのうえで会社は、2021年3月に策定した中長期経営計画の4本柱に沿って手を打ってきたと整理する。国内では生産設備の構造対策による固定費削減と紐付き価格の是正で損益分岐点を引き下げ、海外ではUSスチールの買収とインドでの能力拡張で事業を深化・拡充してきた。その結果、実力ベースの連結事業利益で6,000億円以上を確保し得る優位性を構築したという。
この減益は、実力の低下ではなく事業環境の悪化として説明されているわけだ。
直近の2027年3月期1Qは、その説明を裏付ける形になった。売上収益は2兆8,211億円で+40.4%、営業利益は1,455億円で+58.1%、当期利益は842億円である。総資産は15兆1,760億円まで積み上がり、自己資本比率は37.1%となった。
通期予想は売上収益11兆2,000億円で+11.3%、営業利益6,300億円で+22.5%、当期利益2,900億円、EPS(1株当たり当期利益)55.0円。1Qの営業利益の進捗率は23.1%で、単純な期間按分の25%にわずかに届かない水準だ。
増収率+40.4%の大きさは、買収した事業が期を通して連結に乗った影響が相当部分を占めると読み取れる。もっとも、営業利益の増益率が増収率を上回っている点は見逃せない。取り込んだ資産が利益を出し始めている可能性を示している。
市場はこの変質をどう値付けしているのか
株価の1年を追うと、この構造転換に対する市場の反応が読み取れる。
2025年10月末の終値は630円台。そこから年末年始にかけて640円台まで小幅に切り上がったが、2026年2月末には再び630円台に戻った。
動きが出たのは春だ。3月末は570円台、4月末と5月末は560円台から570円台で推移し、6月末には530円台まで下押しした。2025年10月末以降の月末終値では、この6月末が最も低い水準である。
ところがそこから向きが変わる。7月末は650円、8月末は670円。2か月で2割超の切り上がりだ。2026年9月時点の直近終値は690円台まで来ている。
通期決算の開示が5月、1Q決算の開示が8月上旬で、株価の底が6月末。時期の並びを見る限り、通期の大幅減益を織り込んだあとに1Qの増益と通期の増益予想が意識された可能性は高い。
ただし株価の動く理由を単一の材料に帰すことはできない。鉄鋼は国際市況と通商政策に振られる業種であり、相場全体の地合いも効く。買収で膨らんだ資産が利益を生み始めるという見方が広がった影響もありそうだが、そこまでは断定できない。
言えるのは、1年を通して見れば株価は1割弱の上昇にとどまり、その中に2割超の振れ幅が入っていたということだ。会社の形が変わる期の株価は、こういう動き方をする。
日本製鉄という会社の見え方が、この1期で切り替わろうとしている。
面白いのは、その切り替わりが読者の頭の中ではまだ起きていないことだ。買収の報道は政治や交渉の話に焦点が集まり、財務の形がどう変わったかは後景に回った。会社像は決算書ではなく、社名と報道でできている。
社名の慣性も効いているだろう。「日本」を冠した製鉄会社という語感は強い。連結の過半が単体の外側にあると聞いても、直感がついてこない。イメージが更新されない理由は、たぶんこのあたりにある。
投資家として見るべきは、この先の増収を単体と海外のどちらが担うかではないだろうか。連結の伸びを一枚の数字として眺めていると、国内の実力が伸びたのか、取り込んだ事業が乗っただけなのかが見えなくなる。
決算を読むときは、連結と単体を並べて置くことをおすすめしたい。この会社に関しては、その2枚の差そのものが、今いちばん情報量の多い場所だと考えている。
免責事項
- 本記事は一般的な情報提供のみを目的としており、特定の株式の購入や売却について助言や推奨するものではありません。
- 本記事上の情報に起因、また関連して生じた損害や損失に関しては一切の責任を負いません。
- 投資判断は最新の決算資料や市場動向などをご自身でご確認の上、自己責任で行ってください。
- 株主優待の内容や条件などは変更される可能性があるため、必ず公式サイトでご確認ください。
オリックスなどの国内金融機関出身。日本株アナリストおよび財務アドバイザーとして決算分析や資金調達を主導。「日経CNBC」出演などメディアを通じた相場解説の実績も豊富。企業財務に精通し、現在はモニクルリサーチで金融ニュースの深掘り記事を発信。
