ROEは5期で7ポイント下がった。それでも業種中央値の2倍近い
伊藤忠商事は資本効率の優等生というイメージで語られることが多い。だが5期を並べると、その像は少し揺らぐ。
2022年3月期のROEは21.8%だった。そこから17.7%、15.6%、15.7%と推移し、2026年3月期は14.6%である。5期で7ポイント下がった。
三菱商事も同じ方向に動いている。15.0%、15.8%、11.3%、10.3%、8.5%と、こちらは6ポイント台の低下だ。
目を引くのは2023年3月期で、このとき両社の差は2ポイント弱まで縮んでいる。資源市況が三菱商事側のROEを押し上げた局面と読み取れる。市況が落ち着くにつれて差は再び開き、直近では6ポイントに戻った。
では伊藤忠商事のROE低下は業績の悪化を意味するのか。そうではない。当期利益は2022年3月期の8,202億円から2026年3月期の9,002億円へ増えている。同じ期間に株主資本は4兆1,993億円から6兆5,899億円へ積み上がった。分子より分母が速く伸びれば、比率は下がる。
そして絶対水準が下がっても、相対的な位置は高いままだ。卸売業のROE中央値は7.9%、上位四分位は11.1%であり、伊藤忠商事の14.6%はその上に出ている。三菱商事の8.5%は中央値をわずかに上回る位置だ。
下がっているのに高い。この二つは矛盾ではなく、同時に成立している。
分母に手を入れる動きが、同じ四半期に出ている
資本効率を戻す道は二つしかない。分子の利益を増やすか、分母の資本を減らすかだ。
2027年3月期1Qの短信には、後発事象として自己株式の取得が載っている。取得し得る株式の総額は3,000億円を上限とし、取得期間は2026年8月4日から2027年1月29日までである。分母に直接効く動きだ。
同じ四半期に、逆向きの動きも出ている。日立建機と伊藤忠食品の追加取得などにより、ネット有利子負債は3兆4,351億円へ増え、NET DER(ネット有利子負債の株主資本に対する倍率)は0.46倍から0.51倍へ上がった。資本を投じて資産を積む側の動きである。
還元の形も三菱商事とは違う。2026年3月期の配当性向は伊藤忠商事32.8%、三菱商事52.2%。伊藤忠商事は配当で返す比率を抑え、そのぶんを投資と自己株式の取得へ振り向ける構えに見える。
低い負債と高い自己資本が常に望ましいわけではないのと同じで、資本をどう使うかの巧拙こそが資本効率の中身だ。伊藤忠商事はいま、その両輪を同時に回している。
買い増しと自己株式の取得を同じ四半期に並べて見ると、この会社の資本配分の輪郭が見えてくる。
片方は資本を寝かせる動きで、もう片方は資本を返す動きだ。普通なら時期をずらしそうなものを、同時に出している。
私はここに、ROEを守るのではなく設計する姿勢を見る。投資で分母が増えるぶんを、還元であらかじめ相殺しにいく。比率が結果として出てくるものではなく、操作の対象になっているということだ。
ただし、この設計には限界もある。自己株式の取得は一度きりの効果しか持たないが、投資で積んだ資産は何年も分母に居座る。時間軸の違う二つを組み合わせている以上、どこかで分子の側、つまり投じた資産が利益を生み始めるかどうかが問われる。
株価が水準を切り上げた1年の裏側で、この会社は資本の使い方を静かに組み替えている。次の決算では比率そのものより、投じた資本がどの事業で利益に変わりつつあるかを見ていくことをおすすめしたい。
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オリックスなどの国内金融機関出身。日本株アナリストおよび財務アドバイザーとして決算分析や資金調達を主導。「日経CNBC」出演などメディアを通じた相場解説の実績も豊富。企業財務に精通し、現在はモニクルリサーチで金融ニュースの深掘り記事を発信。
