「この年金額で、あと何年暮らしていけるのだろうか」。毎年夏に届く年金振込通知書や改定通知書を開き、夫婦の老後資金に対して言葉にできない焦りを感じる方は少なくありません。
私が厚生労働省記者クラブで社会保障専門紙の記者をしていた頃、役所の会議室では常に「モデル世帯の平均値」などを基準として年金政策が議論されていました。
しかし、データ分析と現場の取材を通して浮き彫りになったのは、国が提示するマクロな平均数字と、シニア層が直面するミクロな家計簿の間にある埋めがたいギャップです。
一部の富裕層が引き上げる平均貯蓄額を見てご自身の口座残高を悲観する必要は全くありません。
本記事では、公的機関の家計調査をもとに、65歳以上・無職夫婦世帯におけるリアルな収支実態や貯蓄分布を整理します。さらに、平均余命のデータを用いて、役所の数字に振り回されずに手元資金を守り抜くための客観的な家計管理の視点を解説します。
65歳以上の無職夫婦世帯における家計の収支状況
「老後の生活費」について具体的にイメージしてみましょう。総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」から「65歳以上の夫婦のみの無職世帯」家計収支について解説します。
夫婦二人暮らし・無職世帯の具体的な家計収支
毎月の収入額の内訳
- 収入合計:25万4395円
- うち社会保障給付(主に年金):22万8614円
毎月の支出額の内訳
- 消費支出:26万3979円
- 非消費支出:3万2850円
支出合計29万6829円
この世帯の毎月の収入は25万4395円で、その約9割にあたる22万8614円が年金などの社会保障給付です。
一方で支出は、生活費にあたる消費支出が26万3979円、税金や社会保険料などの非消費支出が3万2850円で、合計すると29万6829円となります。つまり、毎月約4万2000円の赤字です。
エンゲル係数から見る食費の割合と家計の状況
消費支出の内訳を見ると、食費が約3割(29.9%)を占めています。これはいわゆる「エンゲル係数」にあたり、生活水準や家計の余裕度を見る指標としてよく使われます。
また、住居費や光熱費、医療費などの固定的な支出も一定の割合を占めており、年金だけで生活する場合は家計が赤字になりやすい状況が見えてきます。
65歳以上の無職夫婦世帯における平均貯蓄額
総務省統計局の「家計調査報告(貯蓄・負債編)-2025年(令和7年)平均結果の概要-(二人以上の世帯)」によると、世帯主が65歳以上の無職世帯(二人以上の世帯)の平均貯蓄額は2494万円でした。
貯蓄の種類別に見る資産構成とその推移
この貯蓄額は近年増加傾向にあり、2024年には2560万円まで右肩上がりの状態が続いていましたが、2025年は2494万円となり、前年比で66万円(▲2.6%)減と6年ぶりの減少に転じました。
貯蓄の種類別に見ると、最も多いのは定期性預貯金で778万円です。次いで通貨性預貯金が766万円、有価証券※1が510万円、生命保険などが426万円、金融機関外※2の貯蓄が13万円となっています。
前年からの増減では、定期性預貯金が▲81万円(▲9.4%)、通貨性預貯金が▲35万円(▲4.4%)とそれぞれ減少した一方で、有価証券は+9万円(+1.8%)と伸びを見せています。
※1 有価証券:株式、債券、株式投資信託、公社債投資信託、貸付信託、金銭信託など(いずれも時価)
※2 金融機関外:金融機関以外への貯蓄のことで、社内預金、勤め先の共済組合への預金など
有職世帯を含めた65歳以上世帯の貯蓄額
同じく「家計調査報告(貯蓄・負債編)-2024年(令和6年)平均結果の概要-(二人以上の世帯)」から、有職世帯も含めた世帯主が65歳以上世帯全体の貯蓄額を見てみましょう。
貯蓄額の階級別分布から見える実態(2024年データ)
平均値と中央値から読み解く貯蓄額の格差
- 平均値:2564万円
- 貯蓄保有世帯の中央値(※):1777万円
有職世帯を含めた65歳以上の二人以上世帯における平均貯蓄額は2564万円ですが、貯蓄が0円の世帯を除いた中央値を見ると1777万円にとどまり、平均値よりも約790万円低い結果となっています。
貯蓄現在高の分布を見ると、2500万円以上の世帯が全体の36.3%(約3分の1)と高い階級に広がっている一方で、300万円未満の世帯も14.9%存在しています。このように一部の貯蓄が多い世帯によって、全体の平均値が大きく引き上げられている実態がうかがえます。
※貯蓄保有世帯の中央値とは、貯蓄現在高が「0」の世帯を除いた世帯を貯蓄現在高の少ない方から順番に並べたときに、ちょうど中央に位置する世帯の貯蓄現在高をいいます。
国民年金と厚生年金の平均受給額と男女差
厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、2024年度末現在の平均年金月額は以下の通りです。
※厚生年金の被保険者は第1号~第4号に区分されており、ここでは民間企業などに勤めていた人が受け取る「厚生年金保険(第1号)」(以下記事内では「厚生年金」と表記)の年金月額を紹介します。また、厚生年金の月額には国民年金(老齢基礎年金)部分が含まれています。
平均月額データと受給額の個人差について
国民年金の平均年金月額
厚生年金の平均年金月額
国民年金(老齢基礎年金)の平均月額
〈全体〉平均年金月額:5万9310円
- 〈男性〉平均年金月額:6万1595円
- 〈女性〉平均年金月額:5万7582円
厚生年金(国民年金部分を含む)の平均月額
〈全体〉平均年金月額:15万289円
- 〈男性〉平均年金月額:16万9967円
- 〈女性〉平均年金月額:11万1413円
※国民年金の金額を含む
国民年金のみを受給する場合は男性が6万円台、女性が5万円台、厚生年金(国民年金部分を含む)では男性が16万円台、女性が11万円台が平均です。
しかし、グラフから分かるように、受給権者の間で年金額には大きな個人差があります。ご自身の年金見込み額は「ねんきんネット」や「ねんきん定期便」で確認できます。
高齢者世帯が感じる日々の生活意識
厚生労働省「2024(令和6)年 国民生活基礎調査の概況」から、高齢者世帯(※)が日々の暮らしをどう感じているのか、リアルな生活意識を見ていきましょう。
※高齢者世帯:65歳以上の者のみで構成するか、又はこれに18歳未満の者が加わった世帯
生活の「苦しさ」と「ゆとり」の実感値
- 大変苦しい:25.2%
- やや苦しい:30.6%
- 普通:40.1%
- ややゆとりがある:3.6%
- 大変ゆとりがある:0.6%
調査結果をひも解くと、シニア世帯の経済的な状況は、大きく3つの層に分かれていることがわかります。
もっとも多いのは、日々の生活に厳しさを感じている層です。全体の半数以上となる55.8%が「大変苦しい」「やや苦しい」と回答しており、家計への負担の大きさがうかがえます。
その一方で、「ややゆとりがある」「大変ゆとりがある」と答えた世帯は、合計してもわずか4.2%にとどまりました。経済的な余裕をしっかりと実感できているシニアは、ごく一握りにすぎないのが現実のようです。
そして、これら両極端な層の中間にあたるのが、「普通」と回答した40.1%の世帯です。この割合は「苦しい」層には及ばないものの、「ゆとりがある」層を大きく上回る結果となりました。
「決して余裕があるわけではないけれど、なんとか堅実にやりくりしている」という、そんな一定数のシニア世帯が、厚い中間層を形成して日々の生活を支えている様子が見えてきます。
平均余命と平均寿命から考える老後の長さ
私たちは日頃「平均寿命」という言葉を何気なく使っていますが、これは0歳の平均余命を指します。
厚生労働省が2025年7月25日に公表した「令和6年簡易生命表の概況」によると、最新の平均寿命は男性が81.09年、女性が87.13年でした。
前年と比較すると、男性は横ばい(▲0.00年)、女性はわずかに下回りました(▲0.01年)。また、平均寿命の男女差は6.03年で、前年より▲0.01年とわずかながら縮まっています。
過去の推移も見てみましょう。
- 昭和22年:男50.06 女53.96 男女差3.90
- 昭和25-27年: 男59.57 女62.97 男女差3.40
- 昭和30年: 男63.60 女67.75 男女差4.15
- 昭和35年: 男65.32 女70.19 男女差4.87
- 昭和40年: 男67.74 女72.92 男女差5.18
- 昭和45年: 男69.31 女74.66 男女差5.35
- 昭和50年: 男71.73 女76.89 男女差5.16
- 昭和55年: 男73.35 女78.76 男女差5.41
- 昭和60年: 男74.78 女80.48 男女差5.70
- 平成2年: 男75.92 女81.90 男女差5.98
- 平成7年: 男76.38 女82.85 男女差6.47
- 平成12年 :男77.72 女84.60 男女差6.88
- 平成17年:男78.56 女85.52 男女差6.96
- 平成22年:男79.55 女86.30 男女差6.75
- 平成27年 男80.75 女86.99 男女差6.24
- 令和2年 男81.56 女87.71 男女差6.15
- 令和3年 男81.47 女87.57 男女差6.10
- 令和4年 男81.05 女87.09 男女差6.03
- 令和5年 男81.09 女87.14 男女差6.05
- 令和6年 男81.09 女87.13 男女差6.03
長期的なデータを見ると、男女ともに平均寿命が大きく延びており、「人生100年時代」が現実味を帯びてきたことを実感することができます。
長くなった老後を豊かに過ごすためには、現役時代からの計画的な貯蓄や資産形成、さらには公的年金制度への理解が大切となってくるでしょう。
まとめ:平均値の呪縛を解き、夫婦の「寿命と資金の割り算」をおこなう
記者時代、年金財政の検証データを読み込む中で痛感した事実があります。それは「日本の社会保障制度は、シニア世帯が手元の貯蓄を毎月少しずつ取り崩して生活することを前提に設計されている」ということです。
「毎月赤字になっている自分たちは、やりくりが下手なのだろうか」と過剰に思い悩む必要はありません。優先すべきは、実態とかけ離れた世間の平均貯蓄額と比べて落ち込むことではなく、夫婦の「現在地とゴール」を客観的な数字で結ぶことです。
お手元の貯蓄総額を、平均余命から想定した「残りの老後年数」で割り算してみてください。1年間に取り崩せる金額の目安が把握できれば、漠然とした不安は「年間〇〇万円の枠内で生活を組み立てる」という具体的な計画に変わります。
平均値にとらわれず、夫婦のリアルな数字と冷静に向き合うことこそが、老後の確かな安心を築く防衛策となります。
参考記事
元厚労省担当の専門紙の新聞記者。公的社会保障(年金・医療・介護)やNISA・iDeCoを横断分析。難解な一次データを生活者視点に翻訳し、知っておきたい家計防衛の知見と、安全で実用的な情報を提供。
