「親の口座がどこにあるかわからない」……もしもの時に、そんな状況で途方に暮れてしまうケースが増えています。
銀行員時代、「親が株を持っていたらしいけれど、ペーパーレスになっていて銘柄も証券会社もわからない…」筆者はこんな相談を何度も受けました。
通帳はアプリ管理になり、金融機関からの案内もメールで届く時代。
故人のスマホのロックが解除できなければ、どの銀行や証券会社に口座があるかすらわからない、という事態は決して他人事ではありません。
PayPayや楽天ペイなどのスマホ決済サービスの残高はどうなるのか、という疑問も湧いてきます。
この記事では、「デジタル化が進む今、もしもの時に故人の財産をどう探すか」という調査の手順と、いざという時に起こりがちなミス「口座凍結前の預金引き出し」が招くリスクについて解説します。
故人の財産はどこから探す?手がかりを集める4つのポイント
エンディングノート(例)
最も理想的なのは、故人がエンディングノートや資産リストを残してくれているケース。
しかし、突然の逝去など準備が間に合わないことも多く、その場合は身の回りの手がかりを探すところからスタートします。
- 郵便物を確認する:金融機関からの取引明細やクレジットカードの請求書に、口座の手がかりが残っていることがあります
- メールの受信箱を確認する:ネット銀行やスマホ決済サービスからの通知が残っていれば、利用サービスの特定につながります
- スマートフォンのアプリ一覧を確認する:インストールされている金融・決済関連アプリが、財産の全体像を示すヒントになります
- 確定申告書・源泉徴収票を確認する:配当金や利子の記載から、口座の存在が判明することがあります
ただし、スマホにロックがかかっていたり、メールをこまめに削除する習慣があった方の場合は、これらの確認が難しくなることもあります。
手がかりがない場合は「照会」という方法がある
取引があった可能性のある金融機関に見当がつく場合は、直接問い合わせる「照会」が有効です。
多くの銀行・ネット銀行・証券会社では、以下のような書類を持参または郵送することで、故人との取引の有無を調べてもらえます。
- 死亡の事実が確認できる書類(除籍謄本など)
- 照会者が相続人であることを証明できる書類(戸籍謄本など)
- 照会者本人の身分確認書類
など
なお、故人のアカウントに無断でログインして操作することは、サービスの利用規約に抵触するおそれがあります。
各サービスが定める正規の相続手続き窓口を通じて対応するようにしましょう。
複数の金融機関への照会や書類収集が負担に感じる場合は、司法書士や弁護士へ依頼することも選択肢の一つです。
費用は発生しますが、相続財産の規模や手続きの複雑さによっては、専門家に任せた方がスムーズに進むことがあります。
「デジタル遺産」の探し方:ネット銀行・決済サービス・仮想通貨・証券口座
近年、以下のような「目に見えない財産」を持つ方が増えています。
物理的な手がかりがないため、ご遺族が存在に気づかないまま放置されてしまうリスクがあります。
- ネット銀行の口座(紙の通帳は発行されない)
- PayPayなどのスマホ決済サービスの残高
- 仮想通貨(暗号資産)
- ペーパーレス化された株式・証券口座
調査の方法は、サービスの種類によって異なります。
- ネット銀行:思い当たる銀行に照会します(死亡事実と相続人であることがわかる書類が必要)。口座が判明すれば、所定の手続きで相続できます
- スマホ決済サービス:故人のスマホが開けない場合は特定が難しくなります。残高を相続できるかどうかはサービスによって異なるため、思い当たるサービスに個別に問い合わせましょう
- 仮想通貨(暗号資産):思い当たる取引所に照会します(ネット銀行と同様の書類が必要)。口座が特定できれば所定の手続きで相続が可能です
- 株式・証券口座:証券会社が特定できない場合は、証券保管振替機構(ほふり)に必要書類を提出し、口座開設先を照会します(有料)。判明した証券会社や信託銀行で相続手続きを進めます
「凍結前に引き出せばいい」は危険:3つのリスク
相続財産の全体像が見えてきたところで、もう一つ必ず知っておいていただきたいことがあります。銀行に死亡の事実を伝える前に、故人の預金を引き出してしまうことのリスクです。
「キャッシュカードと暗証番号は知っているし、葬儀費用も必要だから」と考える方もいるかもしれません。
しかし「物理的に引き出せる」ことと「法的に引き出してよい」ことは、まったく別の話です。
まず確認しておきたいのが、口座が凍結されるタイミングです。
「役所に死亡届を出すと自動的に凍結される」と思っている方も多いのですが、そうではありません。
凍結されるのは、金融機関が名義人の死亡を把握した時点。現状、役所と金融機関の間で死亡情報が自動連携される仕組みはなく、このタイムラグによって物理的には引き出せる状況が生まれます。
では、なぜ引き出すことが問題なのか。主に3つのリスクがあります。
- 借金も含めて相続することになる可能性がある:故人の口座から預金を引き出す行為は、法的に「単純承認」(プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐという意思表示)と解釈されることがあります。後から多額の借金が発覚しても、相続放棄が認められなくなるケースがあります。「親に借金はないはず」と思っていても、誰にも打ち明けられなかった負債が後から出てきた、という話は珍しくありません
- 他の相続人から「使い込み」を疑われる:ATMの取引記録は長期間保存されます。葬儀費用に充てたとしても、領収書などで使途を証明できなければ、他の相続人との間で深刻なトラブルに発展しかねません
- 相続税の税務調査で厳しく見られる:亡くなる直前・直後の高額な出金は、税務調査で特に注目される項目です。生前贈与の加算期間が「死亡前3年」から「死亡前7年」に延長されたこともあり、資金の動きは以前より厳格にチェックされるようになっています
葬儀費用が必要なときは「払戻し制度」を活用する
入院費の精算や葬儀費用の支払いなど、どうしても故人のお金が必要な場合は、2019年7月に創設された「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」を利用しましょう。相続人全員の同意がなくても、法律で定められた範囲内で引き出すことが可能です。
「預貯金の払い戻し制度」とは?
払戻しできる金額は以下の計算式で算出されます。
相続開始時の預金額 × 3分の1 × 払戻しを受ける相続人の法定相続分(1金融機関あたり上限150万円)
(例)預金額600万円、相続人が子ども2人の場合
600万円 × 1/3 × 1/2 = 最大100万円まで引き出し可能
手続きに必要な書類は一般的に以下の通りです。
- 被相続人(故人)の出生から死亡までの連続した戸籍謄本(除籍謄本)
- 相続人全員の戸籍謄本
- 手続きを行う相続人の印鑑証明書と実印
「手続きが面倒」と感じるかもしれませんが、この一手間が「引き出せる」と「引き出してよい」の境界線です。
正式な手順を踏むことで、借金の相続や親族間のトラブルというより大きなリスクを回避できます。
まとめ:相続の第一歩は「全体像の把握」と「正規の手続き」
大切な家族を亡くした直後に、冷静にお金のことを考えるのは容易ではありません。
それでも「とりあえず引き出しておこう」という判断が、相続放棄の選択肢を失わせたり、親族間に取り返しのつかない亀裂を生んだりするきっかけになることがあります。
もしその時を迎えたら、まずはこの2点から始めてみてください。
- 郵便物・メール・アプリを確認し、金融サービスの全体像を把握する(ネット銀行や仮想通貨などのデジタル資産も対象)
- 当面の費用が必要な場合は、自己判断でATMから引き出さず、銀行窓口で「払戻し制度」を相談する
一つひとつ丁寧に手続きを進めることが、ご家族全員を守ることにつながります。
さて、もう7月も中旬にさしかかります。
まもなくお盆休みがやってきますね。「久しぶりに実家に帰る」という方も多いでしょう。
ご家族の大切なお金の話は、普段はなかなか切り出しにくいものです。
だからこそ、みんなが集まるこの機会に、「もしもの時」について少しだけ話し合ってみてはいかがでしょうか。
参考資料
三菱UFJ銀行・三井住友信託銀行で15年以上のキャリアを築き、自身も20年以上の投資経験を持つ。現在は株式会社モニクルリサーチが運営する『LIMO』でお金に関する記事を企画・執筆・監修中。
