証券外務員として、また元銀行員として、私が現場で何度も見てきたのが「口座凍結」をめぐる相続の混乱です。
専門的な話になるんですが、口座が止まるタイミングと、そのあとの手続きは、事前に知っているかどうかでご家族の負担が大きく変わります。
とくに印象に残っているのは、取引先の金融機関が多い方ほど、いざというときに手続きが煩雑になり、残された家族が困っていた場面です。
どこに、どの口座があるのか。これが整理されていないだけで、ご家族の労力は何倍にもふくらみます。
資産運用のご相談でも、私は万一に備えて資金の置き場所を家族と共有しておくことをおすすめしています。投資商品は値動きで元本を割る可能性もありますが、まずは「どこに何があるか」を把握することが、あらゆる備えの出発点です。
本記事では、口座凍結の仕組みから、やむを得ないときの対応まで、要点を先にお伝えします。大枠だけでも押さえていただければ、いざというとき落ち着いて動けるはずです。
「死亡届を役所に出した瞬間、故人の銀行口座は自動で凍結される」——実は、これは多くの方が抱いている誤解です。
死亡届の提出だけで、口座が止まることはありません。
口座が凍結されるのは、金融機関が名義人の死亡を把握した時点です。
つまり、届出と凍結のあいだにはタイムラグがあり、その間は口座を使える場合があります。
ここで見落とされがちなのが、「凍結前なら引き出せる」という事実の裏に潜むリスクです。
名義人以外が預金を引き出すと、相続トラブルや相続放棄への影響につながることがあります。
本記事では、口座凍結の仕組み、凍結前の引き出しに潜む注意点、そしてやむを得ず資金が必要になったときの対応方法を、順番に整理します。
要点を先に押さえて、いざというときに落ち着いて動けるようにしておきましょう。
役所に死亡届を出すと「銀行口座が凍結される」はウソ?本当?
役所に死亡届を提出したあと、亡くなった方の銀行口座がどうなるのか、不安に感じる方も少なくありません。
「死亡届を出すとすぐに口座が凍結される」と考えられがちですが、実際には死亡届の提出のみで口座が止まることはありません。
口座が凍結されるのは、金融機関が名義人の死亡を把握した時点です。
つまり、銀行側が名義人の死亡を確認した時点で、口座の利用が制限される仕組みとなっています。
例外的に、新聞の訃報欄や外部からの情報により銀行が死亡を把握し、確認のうえで凍結する場合もありますが、基本的には親族からの連絡がきっかけとなります。
また、「死亡情報が銀行間で自動的に共有されるわけではない」という点も押さえておきたいポイントです。
複数の金融機関に口座がある場合は、それぞれの銀行に対して個別に手続きを行う必要があります。
専門的な話になるんですが、この「銀行ごとに手続きが必要」という点が、後々のご家族の負担を大きく左右します。取引先が多い方ほど、早めに整理しておくことが効いてきます。
一方、同一の金融機関内で複数の支店に口座がある場合には、1回の届出でその銀行にあるすべての口座が対象となります。
なお、銀行に連絡する前であれば口座は通常どおり利用できるため、現金を引き出すこと自体は可能です。
ただし、この段階で第三者が預金を引き出すと、後になってトラブルに発展する可能性があるため注意が必要です。
口座凍結の前に「名義人以外」が預金を引き出すことは可能だがリスクあり
結論として、口座名義人が亡くなったあとでも、銀行に死亡の事実が伝わる前であれば、ATMなどを利用して名義人以外の人が預金を引き出すことは可能です。
しかし、このような行為は、後になって予期せぬトラブルやリスクを招く可能性があります。
そのため、取り扱いには十分注意することが重要です。
どんなリスクがある?:家族間のトラブルが起こる可能性がある
相続手続きを行わないまま、口座が凍結される前に預金を引き出す行為は、他の相続人から不適切とみなされる可能性があります。
その結果、相続人同士の信頼関係に影響が及び、感情的な対立から深刻なトラブルへと発展することも考えられます。
また、本来これらの預金は相続財産に含まれ、遺産分割協議の対象となるものです。
無断で引き出された資金については、その扱いをめぐって認識のずれが生じやすく、争いの原因となる場合があります。
こうした背景を踏まえると、口座凍結前に預金を引き出す行為は、原則として控えることが望ましいといえるでしょう。
とくに、資金の用途がはっきりしていない場合には、問題が大きくなる可能性があるため、慎重な対応が求められます。
どんなリスクがある?:相続放棄ができなくなる可能性がある
故人の財産は、預貯金などの資産だけでなく、借入金といった負債も含めて引き継ぐのが原則ですが、相続放棄という選択をとることも可能です。
この場合には、家庭裁判所に申述する手続きが必要となります。
一方で、銀行に死亡の連絡が行われる前に、名義人以外の人が預金を引き出す行為は、「単純承認」に該当すると判断される可能性があります。
単純承認とは、相続人が遺産を受け入れる意思を示したとみなされるもので、一度成立すると、後から相続放棄や限定承認を選ぶことはできなくなります。
つまり、預金を引き出した行為によって、「資産だけでなく負債も含めて相続する意思がある」と見なされるおそれがあるということです。
こうした事態を避けるためにも、相続手続きが完了するまでは、預金の引き出しは控えるのが基本といえます。
もっとも、葬儀費用や各種手続きなどで、やむを得ず資金が必要になるケースもあります。
次章では、故人の預金を利用せざるを得ない場合にどのように対応すべきか、具体的な方法を確認していきます。
やむを得ず「故人の預金口座から引き出したい場合」はどうすればよい?
やむを得ない事情により、「故人の口座から資金を引き出したい」と考える場面もあるでしょう。
その際には、「預貯金の払い戻し制度」の利用を検討することが一つの方法です。
「預貯金の払い戻し制度」とはどんな制度?
「預貯金の払い戻し制度」は、遺産分割が完了していない段階でも、故人の預貯金の一部を引き出すことができる仕組みで、2019年7月1日から開始されました。
「預貯金の払い戻し制度」とは?
この制度を利用することで、相続人は遺産分割協議が終わっていなくても、故人名義の預貯金の一部を払い戻すことができます。
【払い戻しができる金額】
- 相続開始時の預金額 × 1/3 × 払戻しを行う相続人の法定相続分
ただし、払い戻しができる金額には上限があり、1つの金融機関あたり150万円までとされています。
まずは、こうした制度があること自体を知っておくだけでも十分です。大枠だけ押さえておけば、いざというときに選択肢を思い出せます。
また、具体的な手続きの内容は金融機関ごとに異なるため、詳細については利用を検討している金融機関へ確認する必要があります。
家族が亡くなった後にやるべき手続きの流れ
家族が亡くなった場合には、精神的な負担が大きい中でも、期限のある手続きを順に進めていく必要があります。
事前に全体の流れを理解しておくことで、いざというときにも冷静に対応しやすくなります。
まず、死亡が確認された際には、医師によって「死亡診断書」が作成されるため、内容に不備がないかを確認したうえで、必要な手続きに使用します。
通常、「死亡診断書」と「死亡届」は一体となった様式で用意されており、そのまま役所へ提出することが可能です。
続いて、市区町村へ「死亡届」を提出、あわせて「死体火葬許可申請書」を提出し、火葬に必要となる「死体火葬許可証」を受け取ります。
その後、火葬の際に「死体火葬許可証」を提出し、火葬終了後には納骨に必要な「埋葬許可証」を受け取ります。
こうした手続きの流れを把握しておくことで、手続きの遅れや不備を防ぐことにつながるでしょう。
口座凍結の仕組みを押さえ、家族のために整理を
ここまで、口座凍結の仕組みと、いざというときの対応を整理してきました。
要点はシンプルです。死亡届だけで口座は止まらず、金融機関が死亡を把握した時点で凍結されます。
凍結前に名義人以外が引き出すと、相続トラブルや単純承認と見なされるリスクがあるため、原則は控えるのが安全です。
やむを得ず資金が必要なときは、2019年7月1日に始まった「預貯金の払い戻し制度」という選択肢があります。
1つの金融機関あたり150万円までという上限や、手続きの詳細は金融機関ごとに異なるため、事前の確認が欠かせません。
私が現場で痛感したのは、複数の金融機関と取引がある方ほど、残された家族の手続きが重くなるということでした。
まずは今日、どこにどの口座があるのかを一覧にしてみてください。それが、ご家族の負担を減らす確かな一歩になります。
今回確認したように、口座凍結の前に名義人以外の人が預金を引き出すことは可能ですが、リスクがあります。「預貯金の払い戻し制度」のようにいざという時に利用できる制度がありますから、あらかじめ知っておくとよいでしょう。
家族が亡くなると精神的な負担が大きいですが、各種手続きには期限がある場合もあるため、利用てできる制度や手続き方法の把握とともに、期限なども確認をしておくようにしましょう。
参考資料
ファイナンシャルアドバイザー。一種外務員資格及びFP2級保有。地方銀行出身。現在はIFAとして、若年層から高齢層までの幅広い世代へ向けたファイナンシャルプラニングから投資信託・債券・保険を活用した個人向け資産運用コンサルティング業務を行う。
野村證券株式会社出身。FP2級・証券外務員一種を保有。国内外株式、投資信託、債券、保険商品まで幅広い資産運用に精通し、現在は経済メディア『LIMO』編集長として記事も執筆。
