「年金だけでは生活できないから、現役のうちに準備しておきなさいよ」
筆者が銀行員として働いていた頃、シニア世代のお客さまからよくこんなお声をいただきました。
昨今は働き方の多様化が進み、すでにフリーランスとして活躍している方はもちろん、「これからは会社に縛られず、独立して自営業の道を進みたい」と考えている方も多いのではないでしょうか。
しかし、そうした自由な働き方を選択する上で、どうしても避けて通れないのが「老後資金」の壁です。
シニア世代のあの言葉は、会社員と違って厚生年金のない、国民年金のみで生活することになる方々にとって、とりわけ重みを持ちます。
令和8年度(2026年度)の国民年金(老齢基礎年金)は、満額で月7万608円(昭和31年4月2日以降生まれの方)。
前年度から1300円増額されたとはいえ、この金額だけで毎月の生活費すべてをカバーするのは簡単ではないでしょう。
すでに独立している方はもちろん、これから新しい働き方に挑戦しようとしている方に向けて、現役時代に検討しておきたい5つの老後資金対策を整理します。
まずは「老後の収支」を試算することから始める
具体的な対策を検討する前に、自分の老後にどれくらいのお金が必要かを把握しておくことが大切です。
現在の生活費から、老後にはなくなる支出(教育費・住宅ローンなど)を差し引き、老後に必要な生活費を試算してみましょう。
物価高が続く可能性を踏まえ、プラスアルファの余裕を見込んでおくと安心です。
次に、ねんきん定期便やねんきんシミュレーターを使って将来の年金見込額を確認します。
年金収入から老後の生活費を差し引いた「不足額」が、現役時代に備えるべき金額の目安になります。
これらはあくまでも現行制度・現時点での試算です。
年金制度は今後も見直される可能性があるため、ねんきん定期便が届く誕生月など、年に一度は数字を見直す習慣をつけておくと安心ではないでしょうか。
参考:国民年金の平均受給額はいくら?
国民年金の受給額は、保険料納付済月数や免除期間などによって決まります。480カ月(40年間)すべて納めた場合に満額が支給され、未納があればその分減額されます。
厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、令和6年度の国民年金の平均月額は以下の通りです。
国民年金の平均額(全年齢)
- 全体の平均月額:5万9310円
- 男性の平均月額:6万1595円
- 女性の平均月額:5万7582円
令和8年度の満額(月7万608円)に対して、実際の平均受給額は約5万9000円と、1万円以上低い水準にあります。受給額の分布を見ると、6万円以上7万円未満の層が最も多いものの、4万円台や5万円台にも多くの方が分布しています。
- 1万円未満:5万1828人
- 1万円以上〜2万円未満:21万3583人
- 2万円以上〜3万円未満:68万4559人
- 3万円以上〜4万円未満:206万1539人
- 4万円以上〜5万円未満:388万83人
- 5万円以上〜6万円未満:641万228人
- 6万円以上〜7万円未満:1715万5059人
- 7万円以上〜:299万7738人
この現実を踏まえると、国の年金だけに頼るのではなく、現役時代から「自分専用の年金・資産」を積み上げていくことが、自営業・フリーランスの方には特に重要になるのではないでしょうか。
対策① 付加保険料(月400円)で年金を手堅く底上げする
まず検討したいのが、月400円を追加で納めるだけで将来の年金を一生涯にわたって増やせる「付加保険料」です。仕組みは非常にシンプルです。
- 毎月の追加負担:400円
- 老後にもらえる付加年金額(年額):200円 × 付加保険料を納めた月数
支払いは月400円、受け取りは年200円。つまり2年間受け取れば支払った分の元が取れる計算です。
3年目以降は、生きている限り純粋な上乗せが続きます。
10年間(120カ月)納付した場合のシミュレーション
- 支払総額:400円 × 120カ月 = 4万8000円
- 老後にもらえる年金額(年額):200円 × 120カ月 = 年2万4000円(生涯)
- 65歳から受給開始して67歳(2年目):累計4万8000円受給→元が取れる
- 85歳時点(20年目):累計48万円受給(差し引き43万2000円のプラスに)
対象は第1号被保険者(自営業・フリーランス・学生・無職など)と65歳未満の任意加入被保険者です。
ただし、保険料の免除・猶予期間中は利用できません。
なお、同じく第1号被保険者が加入できる「国民年金基金」との併用はできません。国民年金基金は確定した年金額を受け取れる点が特徴で、付加保険料とは保障内容や掛金の仕組みが異なります。どちらが自分のライフプランに合っているか、比較検討してみるとよいでしょう。
また、後述するiDeCoとの併用は可能ですが、自営業者の拠出限度額(月額6万8000円)は付加保険料(または国民年金基金)との合算枠です。
付加保険料(月400円)を納める場合、iDeCoの掛金上限は月6万7000円(iDeCoは1000円単位のため)となる点は事前に確認しておきましょう。
対策② iDeCoや小規模企業共済で「節税しながら自分年金」をつくる
付加保険料だけでは老後の生活費をカバーしきれない場合、税制優遇を受けながら「自分年金」を積み立てる方法があります。
iDeCo(個人型確定拠出年金)
iDeCoの最大の特徴は、掛金が全額所得控除になることです。現役時代の所得税・住民税を抑えながら、老後のための資産を積み立てられます。老齢給付金は原則60歳から受け取ることができますが、60歳から受け取るには「確定拠出年金の通算加入者等期間が10年以上」という条件があります。通算期間が10年に満たない場合は受給可能年齢が繰り下がるため、早めに加入を検討しておくとよいでしょう。
小規模企業共済
自営業やフリーランスの方に特におすすめしたいのが「小規模企業共済」です。廃業や引退に備えた「経営者のための退職金制度」で、iDeCo同様に掛金が全額所得控除になります。
さらに、見逃せないのが「契約者貸付制度」です。現役時代に資金繰りが悪化した場合でも、自分が納めた掛金の範囲内で低金利かつ即日で融資を受けることができます。「老後資金を積み立てたいけれど、手元資金が完全にロックされるのは経営上不安」という方にとって、心強い仕組みといえるのではないでしょうか。
対策③ 預貯金とNISAを使い分け「インフレに負けない資産」を育てる
iDeCoや小規模企業共済は税制面で大きな優遇がある一方、「原則として中途解約できない(またはペナルティがある)」という資金の流動性の低さがあります。
そこで大切なのが、急な出費にも柔軟に対応できるよう、預貯金とNISA(少額投資非課税制度)をバランスよく組み合わせることです。資産の置き方は大きく2種類に分けて考えるとわかりやすいでしょう。
- 預貯金(守りの資産):急な病気やケガ、売上減少時の生活費として、いつでも引き出せる資産を必ず一定額確保しておく
- 運用資産(育てる資産):NISAなどを活用した長期・分散投資。いつでも解約・売却でき、インフレによるお金の目減りを防ぐ
「リスクをとりたくない」という方でも、物価高が続く環境では預貯金だけでは実質的な購買力が目減りしてしまう可能性があります。iDeCoのように60歳まで引き出せないお金とは別に、「いつでも引き出せるけれど効率よく増やせる枠」としてNISAを無理のない範囲で並行させる。これが、銀行員時代にもよくお客さまへご提案していたスマートな資産形成の考え方です。
対策④ 「繰り下げ受給」で国からの年金を最大84%増やす
資産形成という自助努力に加えて、国の年金制度そのものを賢く活用する手段が「繰り下げ受給」です。
年金の受給開始を65歳より遅らせることで、受け取り額を増やすことができます。
年金の繰下げ受給増額率
- 70歳まで繰り下げ(5年間・60カ月):42%増額
- 75歳まで繰り下げ(10年間・120カ月):最大84%増額
仮に令和8年度の満額(月7万608円)を75歳まで繰り下げた場合、生涯受け取れる年金額は月約13万円まで増えます。
民間の個人年金保険と比較しても、確実性という意味では非常に強力な増額手段といえるでしょう。
ただし、繰り下げ待機中(65歳〜受給開始まで)の生活費をどう確保するかが課題となります。
また、その期間中に万が一亡くなった場合は増額の恩恵が受けられません。
ご自身の健康状態や保有資産の状況を踏まえて、慎重に検討することをおすすめします。
対策⑤ 定年のない強みを活かし「細く長く働く」
会社員には「定年」がありますが、自営業やフリーランスには定年がありません。実はこれが、老後における大きな強みになります。
高齢期になっても、体に無理のない範囲で月5万〜10万円の収入を得続けられれば、老後に必要な資産額は大幅に減らすことができます。
月10万円を10年間稼ぎ続けるインパクト
- 65歳から75歳までの10年間、月10万円(年間120万円)を稼ぎ続けた場合
- 10年間で1200万円分の資産を長持ちさせたのと同じ効果
さらに、就労による収入があれば、前述の「繰り下げ受給」のハードルも下がります。
65歳以降も自分のビジネスで生活費を確保しながら年金をじっくり増額させ、70歳や75歳でまとまった年金を受け取り始める。
このサイクルを作ることが、自営業・フリーランスにとって究極の老後対策のひとつといえるのではないでしょうか。
老後の暮らし、「自分はいくら不足するか」を知ることが準備の出発点に
老後の生活費を国民年金だけでカバーするのは簡単ではないでしょう。
だからこそ、会社員以上に現役時代からの備えが大切になります。
今回紹介した5つの対策を改めて整理します。
- 付加保険料(月400円)で年金収入を手堅く底上げする
- iDeCoや小規模企業共済で、節税しながら「自分年金」を積み立てる
- 預貯金とNISAを使い分け、流動性を保ちながらインフレに負けない資産を育てる
- 繰り下げ受給を活用し、国からの年金を最大84%増やす
- 「細く長く働く」ことで、生涯収入の土台を作り資産寿命を伸ばす
5つすべてを一度に実践する必要はありません。
まずは「自分はいくら不足するのか」を知ることが第一歩です。
ねんきん定期便やねんきんシミュレーターで将来の年金見込額を確認し、取り入れやすい対策から一つずつ始めてみてはいかがでしょうか。
【免責事項】
- 本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品・サービスへの加入を推奨するものではありません。
参考資料
三菱UFJ銀行・三井住友信託銀行で15年以上のキャリアを築き、自身も20年以上の投資経験を持つ。現在は株式会社モニクルリサーチが運営する『LIMO』でお金に関する記事を企画・執筆・監修中。
