この記事はここがポイント
- 日本株の活況の恩恵を受けるのは、インデックスファンドだけでなく「証券取引所」そのものである
- JPXの業績を牽引しているのは株価の水準ではなく、現物株の「売買が高速で回ること」である
- 会社発表の通期予想には、第1四半期の勢いがそのまま続かないという前提が隠されている
- 投資家が次に見るべき観測点は、株価指数の高値更新ではなく「現物の取引料の前年同期比」である
新NISAの普及や日経平均株価の最高値更新など、かつてない盛り上がりを見せる日本の株式市場。日本株全体が成長すると思うなら、TOPIX(東証株価指数)などのインデックスファンドを買えばいい。そう考えている投資家は多いのではないでしょうか。しかし、日本株の活況を収益に変えている「大元」の存在は、見落とされがちです。なぜ、株価指数の上昇に一喜一憂するよりも、市場の仕組みそのものに注目すべきなのか。この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏が、日本取引所グループの株価の動きと会社からのメッセージを読み解き、プロの投資家ならではの視点で迫ります。
インデックス投資家が見落としがちな「もう一つの選択肢」
日本株全体に投資したいと考えたとき、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、TOPIXや日経平均株価に連動するインデックスファンドを買うことでしょう。個別の企業を選ぶ手間が省け、市場全体の成長を享受できるからです。
実は、そこにもう一つの選択肢を加えると、市場の見え方が大きく変わってきます。それは「証券取引所そのものを買う」という選択です。
日本の株式市場を運営している株式会社日本取引所グループ(以下、JPX)は、それ自体が上場企業であり、誰もがその株式を買うことができます。泉田氏はこの盲点について、次のように指摘します。
「今、日本株って盛り上がっているじゃないですか。じゃあ証券取引所を買っちゃった方が早いんじゃないかという話です」
動画のなかで泉田氏が示した株価チャートでは、JPXの株価はこれまでTOPIXを上回って推移してきた局面が多く見られました。日本株の取引が盛んになるほど、市場を運営するJPXの収益が増える。その関係が株価に映っていると考えられます。
日本取引所グループ(TSE:8697)とTOPIX比較(直近1年)
驚異的な増収増益を生む「取引料」の仕組み
では、実際の業績はどのようになっているのでしょうか。2026年7月28日に発表された2027年3月期第1四半期(4月〜6月)の決算を見ると、目覚ましい成長を遂げていることがわかります。
営業収益(一般的な企業の売上高に相当)は655億15百万円で、前年同期比プラス50.8%という大幅な増収を記録しました。本業の儲けを示す営業利益は437億16百万円で同プラス73.3%、親会社の所有者に帰属する四半期利益(最終的な儲け)は295億67百万円で同プラス73.6%と、驚異的な伸びを示しています。
JPXの第1四半期業績の伸び
収益の源泉は「現物株」の売買
この大幅な増収増益は、何によってもたらされたのでしょうか。収益の柱である取引料に絞って見ると、伸びの中身がはっきりします。
JPXの収益の中で最大の柱となっているのが「取引料」です。第1四半期の取引料は246億47百万円で、前年同期比プラス69.9%と大きく伸びました。
さらにその内訳を細かく見ると、先物やオプションなどの「金融デリバティブ」の取引料が25億53百万円(同プラス4.9%)とほぼ横ばいであったのに対し、通常の株式売買である「現物」の取引料が219億28百万円(同プラス86.7%)と急激に伸びていることがわかります。取引料全体の約9割(構成比89.0%)を、この現物取引が占めているのです。
取引料の内訳と成長率
株価の水準ではなく「回転」が重要
ここで注意すべきなのは、JPXの収益を決定づけるのは「株価がいくらか(水準)」ではなく、「どれだけ売買されたか(量)」だという事実です。
投資家が株を買ったり売ったりするたびに、JPXには手数料が落ちてきます。つまり、市場参加者が増え、取引が活発になることがJPXにとって最も重要なのです。泉田氏はこのビジネスモデルの核心を次のように表現します。
「買って売って、買って売ってが高速で回る方が一番いいんです」
株価が右肩上がりで上昇を続けていても、投資家が「買ったまま誰も売らない(動かさない)」状態になれば、取引は発生せず、JPXの収益は伸びません。逆に、相場が乱高下して投資家が一喜一憂し、頻繁に売買を繰り返す環境——泉田氏が「ギッタンバッタン」と表現する相場——のほうが、取引所にとってはありがたいのです。
「上がりっぱなしでみんな持っている状態だとダメだし、下がりっぱなしでみんなが動かさないっていうのはダメなんですよ」
株価指数の上昇を願うインデックス投資家と、取引の活況を願う取引所とでは、利益を生み出す前提条件が少し異なっていることがわかります。
高ROEと高配当がもたらす投資妙味
業績の好調さに加えて、JPXの財務体質と株主還元(利益を株主に分けること)の姿勢も、投資家にとって大きな魅力となっています。
企業の稼ぐ力を測るモノサシであるROE(自己資本利益率=集めたお金をどれだけ効率よく利益に変えているかを示す指標)を見ると、JPXは前期(2026年3月期)実績で23.1%という高い数値を記録しています。
また、今期の通期予想を見ると、1株当たりの当期利益が96円40銭であるのに対し、1株当たりの年間配当は77円00銭が予定されています。稼いだ利益のおよそ80%を配当に充てる計算にあたります。利益に対する配当の割合を配当性向と呼びますが、その水準は極めて高いといえます。
なぜ、これほどまでに利益を還元できるのでしょうか。泉田氏は、取引所というビジネス特有の構造をこう解説します。
「投資するもの、もちろんIT投資とか色々あるとは思うんだけど、そんなに工場を建てるみたいな話ではないんで、基本的には出た利益を投資家に返すみたいなそんな構造になってます」
製造業のように、新たな収益を生むために巨大な工場を次々と建設する必要がないため、手元に残った利益を気前よく株主に配ることができるのです。
通期予想に隠された会社からのメッセージ
さて、第1四半期が絶好調であったJPXですが、ここで一つ、冷静に数字を読み解くべきポイントがあります。それは、決算と同時に発表された「通期の業績予想」とのバランスです。
会社は通期の営業収益を2,415億円(前期比プラス21.5%)と予想しています。ここで、第1四半期の営業収益である約655億円を単純に4倍してみましょう。すると、年間で約2,620億円に到達すると算出できます。
第1四半期の50.8%増収という猛烈な勢いが1年間続けば、会社の通期予想である2,415億円を軽々と上回ってしまう計算になります。
これは何を意味しているのでしょうか。会社自身が、「第1四半期の熱狂的な取引の勢いは、通期を通じてそのまま続くわけではない」という前提を置いていると考えられます。増収率でいえば、第1四半期のプラス50.8%に対し、通期予想はプラス21.5%。会社は、年度の残りで伸びが半分以下に落ちる姿を描いていると考えられます。
第1四半期の年換算と通期予想のギャップ
投資家が次に注目すべき「観測点」とリスク
ここまで見てきたように、JPXの業績は「現物株の取引量」に大きく依存しています。したがって、私たちが今後の業績や株価の行方を占う上で次に見るべき観測点は、日経平均株価やTOPIXが最高値を更新したかどうかではありません。
注目すべきは、四半期ごとに発表される決算における「現物の取引料の前年同期比」です。
第1四半期は前年同期比プラス86.7%という驚異的な伸びでしたが、会社の通期見通し(営業収益全体でプラス21.5%)に沿って考えるならば、この成長率は徐々に落ち着いていくと考えられます。この前年同期比が20%台まで落ちてくるのか、それとも高い水準を維持し続けるのか。それが、会社の見通し通りに市場が減速するのか、あるいは会社の想定を超えて活況が続くのかを見極める分岐点となります。
一方で、このビジネスモデルには明確なリスクも存在します。泉田氏が指摘するように、市場の熱狂は永遠には続きません。
「株式市場が冷え込んだらなくなっちゃうんで、だから日本株が盛り上がっているってことが大事なんですよ」
現物の売買が増えたことで増収となっている以上、株式市場が冷え込み、投資家が取引を手控えるようになれば、同じ経路をたどって収益は減少に転じると考えられます。
さらに、工場は不要だとはいえ、システムへの投資はやめることができません。
「取引所が止まるとか、システムの問題って昔あったんだけど(中略)やっぱりIT投資は常に続けないといけない」
市場のインフラを担う取引所にとって、システム障害は絶対に避けなければならない事態です。そのため、売買が減って収益が落ち込んだとしても、安全稼働のための投資は止めにくいと考えられます。収益は市場次第で振れる一方、費用の一部は振れにくい。この非対称は頭に入れておく必要があります。
まとめ
インデックスファンドを通じて日本株全体に投資することは、市場の水準に賭けることです。取引所に投資することは、市場が動く量に賭けることです。同じ「日本株が好調だ」という前提から出発しても、賭けている対象は別のものになります。
そのうえで、今期のJPXについて手元に残る判断材料は1つです。第1四半期に現物の取引料は前年同期比プラス86.7%まで伸びた一方、会社の通期見通しは営業収益でプラス21.5%。会社は、この伸びが年度の残りで大きく落ちる姿を描いています。四半期ごとに現物の取引料の前年同期比を追い、それが20%台まで下がるのか、高い水準を保つのか。そこが、会社の見通しどおりに減速するのか、それを超えて活況が続くのかの分かれ目にあたります。
なお本記事は、決算の数字と収益の伸び方に絞って解説しました。JPXには、上場企業に対して「資本コストと株価を意識した経営」を要請するなど、日本の株式市場全体の価値を高める旗振り役としての側面もあります。その活動が業績にどう返ってくるかまでは、ここでは扱っていません。
参考資料
- 日本取引所グループ「2027年3月期 第1四半期決算短信〔IFRS〕(連結)」(2026年7月28日)
- 日本取引所グループ「2026年度 第1四半期 決算の概要」(2026年7月28日)
- 日本取引所グループ「業績予想及び配当予想の修正に関するお知らせ」(2026年7月28日)
- 日本取引所グループ「2026年3月期 通期決算短信〔IFRS〕(連結)」(2026年4月28日)
- 日本取引所グループ「中期経営計画2027 2026年度アップデート・2025年度決算説明会 説明資料」(2026年4月30日)
- YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
各資料の入手先: 株式会社日本取引所グループ IRライブラリ
※リンクは記事作成時点のものです。
免責事項
- 本記事は一般的な情報提供のみを目的としており、特定の株式の購入や売却について助言や推奨するものではありません。
- 本記事上の情報に起因、また関連して生じた損害や損失に関しては一切の責任を負いません。
- 投資判断は最新の決算資料や市場動向などをご自身でご確認の上、自己責任で行ってください。
- 株主優待の内容や条件などは変更される可能性があるため、必ず公式サイトでご確認ください。
「イズミダイズム」はモニクルグループが運営する金融・経済YouTubeチャンネルです。フィデリティ投信や日本生命出身の元機関投資家の泉田良輔が、プロの視点から経済ニュースの裏側や資産形成のトピックを論理的に解説します。
株式会社モニクルリサーチ代表取締役。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。元機関投資家。フィデリティ投信や日本生命で日本株式や米国株式の証券アナリストやファンドマネージャーとして勤務。東京科学大学大学院非常勤講師。
